人はものを売りつけられるのは嫌いだが、自ら買うのは大好きだ。
ジグ・ジグラー
営業など、商品をセールスする仕事に就いてみると販売することの難しさが身に染みてわかる。
そして、販売に悪戦苦闘している人たちには共通点がある。それは損得勘定のみで商品をアプローチしていることだ。
モノが溢れ返る飽和状態の現代社会において、顧客はあなたの製品を買わなくとも困ることはない。
そんな中、販売と言う分野において成果を出し続けている人たちにも1つの共通点がある。
それは販売を損得勘定ではなく心理学として捉えていることだ。
心理で動く顧客に理屈で接してはならない。
セブン&アイ・ホールディングス元代表取締役会長 鈴木敏文
この記事では、モノを売るために必要な心理学の使い方を紹介しようと思う。
販売するために必要な心理学テクニック
冒頭でも説明したように、人間は売りつけられることに対して拒絶反応を示す性質を持つ。
つまり顧客に「買いたい!」と思わせる必要があり、そのために必要となるのが以下の5つの心理テクニックだ。
- ラポールテクニック
- メタモデル
- バーナム効果
- 決定回避の法則
- フレーミングの法則
それぞれについて詳しく解説しよう。
ラポールテクニック
ラポールとはフランス語で「橋をかける」という意味であり、すなわち相手と心が通じ合う状態にするためのテクニックである。
方法もシンプルで、お客様と話す際に声の高低、話のスピード、喜怒哀楽の表情を合わせることが基本となる。
結果、自分の味方のような安心感が生まれ、警戒心を解いてくれやすくなる。
特にファーストコンタクトの際は、このラポールテクニックを上手く活用することで一気にお客様の信頼感を得ることができる。
相手の仕草を真似ることで異性との関係性を構築するミラーリングという方法をよく耳にするが、このミラーリングもラポールテクニックの1つだ。
メタモデル
人間は話をする際、無意識の内に情報を省略・脚色してしまう性質を持っている。
その欠落した情報を拾い集めるための「質問スキル」がメタモデルである。
省略・脚色される前の正しい情報を理解することで、お客様に正しいアプローチをすることが可能となる。
質問といっても決して複雑なものではなく、「いつ?」「どこで?」「どのように?」といったシンプルな質問を適切に行っていく。
例えば、アパレルショップで以下のような光景がよく見かけられる。
店に入って来た女性客は、目の合ったスタッフに「彼氏とディナーへ行くのに着ていくお洒落な洋服はありますか?なるべく安い方が助かります」と尋ねた。
その日は9月半ば。女性客から要望を受けた店員は、そのお店でも割りと安い価格帯である5,000円の涼しげなワンピースを差し出した。綺麗なデザインなのでレストランに着て行くのにも適していると判断したのだ。
しかし差し出されたワンピースを見た女性は首を傾げ、しばらく店内を見回したあとに店を後にした。
このような場合、多くの販売員は「当店にはお客様の欲しい洋服がなかったのだな」と判断する。
しかしお客に商品が売れなかった本当の原因は、欠落した情報を元にしてセールスを行ったことにある。
一方、メタモデルを理解して適切な質問をすることで以下のように事態は好転する。
店に入って来た女性客は、目の合ったスタッフに「彼氏とディナーへ行くのに着ていくお洒落な洋服はありますか?なるべく安い方が助かります」と尋ねた。
スタッフが「ディナーはいつ頃のご予定ですか?」と尋ねると、女性は「来月の20日です。私の誕生日なんです」と笑顔で応えた。
念のため、どれくらいの予算を考えているか尋ねると20,000円以内が良いとの返答があった。
そこでスタッフは、10月下旬でも肌寒くないようにトレンチコートを差し出した。価格は16,000円で、そのお店の中では高価格帯の商品である。
しかし差し出されたコートを見た女性は喜び、購入して満足そうに店を後にした。
お判りいただけただろうか?前者のパターンは、欠落した情報から顧客ニーズを誤って認識したことが引き起こした販売ロスなのだ。
バーナム効果
バーナム効果とは、誰にでも当てはまる曖昧な質問をすることで「あ、私のことだ!」と思わせる心理作用を指し、主に占いなどで用いられている。
バーナム効果の由来は、世界三大サーカスの1つである「リングリングサーカス」の創設者であるフィニアス・テイラー・バーナム氏である。
彼は心理操作を利用したサーカス興行で有名になった人物であった。
バーナム効果を上手く会話に組み込むことで、相手の興味を引きつけ信頼を得ることが可能となる。
ある週末の夜、一人でBARに行きお酒を飲んでいた。
すると隣に座っている男性が悩み事のあるような表情をしていたので、「悩み事ですか?きっと出会いを求めているのでしょう?」と質問を投げかけた。
すると男性は首を横に振り、「いいえ、母親が重病にかかってしまい悩んでいるのです」と返答した。
「知っています。だからお母様の病気も治せる医者との出会いを求めているのでしょう?」
その返事に男性はいたく驚き、目を見開いて話しに聞き入った。
決定回避の法則
決定回避の法則とは、選択肢が多いと、その中から選んで決定することを避けてしまう法則である。
逆説的になるが、あえてお客様に多くの選択肢を提示せずにゴールを絞り込んであげることが結果的に成約率の上昇に繋がるのだ。
コロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授が食品ジャムを使用して以下のような実験を行った。
食品店の中にA・Bのテーブルを用意し、Aのテーブルには6種類のジャムを、Bのテーブルには24種類のジャムを並べて購入率の違いを調べた。
その結果、24種類のジャムを並べたテーブルの購入率は3%だったのに対し、6種類のジャムしか並べなかったAのテーブルは30%。購入率に10倍の差が出た。
フレーミング効果
フレーミング効果とは、同じ商品なのに表現方法によって相手の印象が変わる効果を指す。
また、日常生活のあらゆる場面でフレーミング効果は目にする。
例えば車両保険を選ぶ際、以下の2通りのキャッチフレーズではどちらの方が購買意欲を高めるだろうか。
- 100人中10人が補償内容に不満を感じています
- 100人中90人が補償内容に満足しています
上記の場合、全く同じ事実を伝えているのにも関わらず後者の方が圧倒的に加入率が高くなる。
他にも、女性に自己紹介する際、以下の2通りのパターンのどちらが好印象を与えることができるだろうか。
- 今まで一人しか彼女のできた経験がない
- 今までに付き合った女性は一人だけ
お解り頂けただろうか、ビジネスにおいてもフレーミング効果は有効であり、同じ商品であっても表現方法次第で印象は大きく変わってくる。
以上、ここまでビジネスでも使える心理テクニックを5つ紹介してきた。
最後に、接客業や営業マンの方がお客様にセールスする上で最も重要なポイントを解説したい。
接客、営業で最も大切なことは「熱量」
接客・営業の仕事に就くと、毎日同じ自社商品の説明をお客様に繰り返し伝えることになる。
自身でも気づかないうちに精神的マンネリに陥り、セールストークをする際の声のトーン・スピード・呼吸が変化していく。そして会話の熱量が下がってしまうのだ。
その結果、勤務年数に比例してセールステクニックや要領は良くなるものの成約率が下がり続け、原因が解らずに悩んでいる方は非常に多い。
会話に熱量がなければ相手の心を動かすことはできない。
漫才や落語を聴いて人が笑うもの話し手の熱量があっての成果だ。
漫才の台本を文字起こししてみると、会話をする上での熱量の重要性がよく解る。
A:まあ、いうても、この時期別に、なんもないですもんねホンマ、はっきり言うてね。
漫才の台本書き起こし
中途半端な時期?
A:中途半端な時期やろ。別に、なんか祭り事があるわけでもなしね。
忘れてるわ。
A:何が、「忘れてるわ」ってなんにも忘れてへんやろ。
各地、色々、祭りあるけど今回も、おっきいのん来るもんねおっきい祭り、日本全体で。
A:えっ?
楽しみにしてるくせに。
A:ないやろ。だって、こんな時期って絶対ないで、そんなもん。みんなも、ポカンとしてる…。
何が関係あんの?時間と、今。
A:ちゃうやん…。
なんやねん。予約してんのか?マッサージでも。
A:なんで、マッサージの予約で急に時計見んねん。ちゃうがな。
いや、見るから。
A:日付があるから日付を見てんねやないかい。ビックリするがな。
祭りがある、おっきい祭りが。
A:ありました?祭りなんかあった?
ヤマザキ春のパン祭りが…。
A:あれ、祭りちゃうわ。
みんな、楽しみにしてんちゃうの?
A:楽しみになんかしてへんねんあれは、もう。何年も、ずっと続いてるけどやなあんなもん、パン、買うてシール集めて、皿もらうだけや。
まあ、色んな全国各地…その、春のパン祭りは置いといてですよ違うとこで、色々、全国で祭りは、やってますけどね。
日本は多いですね、祭り。
A:日本は多いです、各地、各地でね。だから、色々あって楽しいんやろああいうのはな。
何がある?他は。
A:何があるってほら、有名なやつ、あれね。山形のサクランボの種飛ばし大会みたいな…。
ああ~、あれ、嫌いや。あれ、怖いわ。
A:なんや、怖いって。
ドキドキするわ、見てたら。種飛ばし大会やろ?
A:そうや。何もドキドキはせえへんやろ別に。
いや、ええねん。種飛ばすのは勝手やけどね飛ばす時、顔変わるやんおばちゃんでも。
如何だろうか、上記はお笑い芸人である中川家の漫才を文字起こしした文章である。
ショーレースなどで高く評価されてきたコメディアンでさえ、熱量を奪われると人を笑わせることが困難になってしまう。
あなたにすれば何百、何千と繰り返してきたセールストークであっても、お客様からすれば初めての体験なのだ。
そのことを忘れずにセールストークに熱量を持ち続けよう。